Spainfan

星の町(Estella)


現在人口13000人程のこの町はEga川の脇にLizarra(Estella)と呼ばれる小さな村落が在ったことが
知られていますが、キリスト教徒に依る国土回復戦争(Reconquista)の進展に連れて人手不足になり
11世紀にはナバラ王Sancho Ramirezはフランスからの入植を呼びかけて、ここの住民に特権(Fuero)を
与えSantiagoの巡礼路と共に発展して12世紀にはNavarra王国の首都として栄えるように成ります。


ロマネスク橋(画像クリックで拡大)


川に沿って町に入っていくと左手に14世紀のSanto Sepulcro教会が見えてきます。
ここの尖頭アーチの門には巡礼姿のヤコブ(Santiago)や磔刑、地獄の模様、最後の晩餐
等の場面が描かれています。
その後方はるか上部に在るのは現在老人ホームに成っている14世紀のSanto Domingo教会が
見えますが、ここは依然はユダヤ人教会(Sinagoga)であったのを13世紀のユダヤ追放でキリスト
教会に変えたものです。


更に進むと細い町並みに成り、ここはフランス人達が居た地区で右には12世紀のSan Miguel教会が
在り、路地に入らず左に折れると、Puente la Reinaの橋に似たロマネスクの橋が在り巡礼路はこちらに
続いて、Estellaの旧市街に入っていきます。


12世紀の終わりに建てられたSan Miguel教会は旧市場(Mercado viejo)の脇の急な階段を上った所に在りここの閉門のロマネスク彫刻は見物です。風雨での損傷を防ぐ為に最近ガラスの屋根をつけて全体の雰囲気は変わってしまいましたが、この見事な彫刻を守る為には止むを得ないのでしょう、、、
タンパン部には祝福のキリスト(Pantocrator)と福音書を書いた4人の象徴の動物達(Tetramorfos)が刻まれ、その左側にはこの教会の主人であるエンジェルのSan Miguelがドラゴン退治をしていたり、魂の重さを量ったりしていて、右に目をむけると3人のマリアが空の石棺を眺めています。


San Miguel教会タンパン(クリックで拡大)


San Miguel教会を越えて小山の頂上に出ると近代的なSantuario de Nuestro Senyora de Puyがこの建物自身は今世紀の半ばに建てられた新しい物ですが、14世紀にこの場所に星が降り注ぎそれを見た牧童が
ここで発見したとされる木製のマリア様が奉られています。これがEstellaの名の由来ともされています。Estellaの多くの女性はこのPuyと言う名を持っています。


San Pedro教会の柱頭彫刻


フランス人地区に入らず石橋を渡って巡礼路を進んでいくと、かってのNavara王の宮殿が在り、これは
俗界でのもっとも古いロマネスク建物とされています。この前のSan Martin広場はIzarra原住民の中心地
だったようですが、宮殿を見下ろすかのように正面上部に在るのは13世紀初めのSan Pedro de la Rua
教会です。
正門はアラブ風のアーチで厳格な規律のシトー派の管理の為質素な装飾ですが、後方に在る12世紀の
回廊の柱頭彫刻は幼児虐殺,、3賢人の訪問、受胎告知等新約聖書の各場面が描かれ興味深い物です。
残念ながら、この回廊の半分は16世紀にカトリッ王Fernandoの命令で崩された後方上部の要塞の
石が落下した際に壊されています。

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