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July 26, 2004

ヒターノとスペイン社会 〜アントニオ・ガデスを偲んで(河野兵部)

flamenco5.jpgまた、巨星がひとつ落ちてしまった。

でも、彼が残した残影は永遠だ。日本はフラメンコ・ブームとかで、多くの日本人が(大部分は女性)フラメンコ留学で来るようになったが、その種を多量に蒔いたのは、アントニオ・ガデスと言っても言い過ぎではないだろう。

私はフラメンコの専門家でもなければ、彼の生い立ちを見てきたわけでもないので、彼の偉大さをここに書くつもりはないが、彼の死によって報道されたマスコミによる彼の生涯を読んでみて、フラメンコと密接な関係のあるヒターノ(ロマ民族)のスペイン社会における状況が垣間見れると思ってここに取り上げてみた。

彼は、スペイン市民戦争がはじまった1936年に貧しい左官屋の息子として生まれ、11歳の時には家計を助けるために、学校に行くのをやめて、某新聞社の小間使いとして働き始めたそうだ。
戦争直後であり、父親は敗者側の共和国の戦士であったがために、その貧しさは格別であったことが想像できるが、私が来た71年でも、まだ彼のように小さな子供がBAR等で夜遅くまで働いている光景は珍しくなかった。76年の新憲法以降、急激に改善されてきているようだが、「学校に行ってもお金にならない」という理由でまだ多くのヒターノの子供たちは学校に行かないらしい。

実際、いくら無料で教育が受けられても、将来使いもしない微分・積分を学んでいるよりも、彼らの将来の生活の糧になる芸を学んだほうが役立つと言う一面もあるかも知れない。現在でもグラナダの洞窟住居で、観光客相手に毎晩踊るスター・バイラオール(ダンサー)は5〜6歳の子供だし、その中から世界的スターになって活躍している者もいる。

flamenco4.jpg日本社会では、「お金を稼ぐために学ぶ」という理由は余り歓迎されないらしいし、趣味の教室や子供のピアノのお稽古が盛んのようだが、こちらでは小さな子供でも、将来の職業としてのプロ意識が強い。職種を選ばなければ、何らかの職にありつけ、食うには困らない日本社会は、特殊なのだろうか。ピアノは日本でも、カリュクラムが、しっかり組まれている分野だが、大学まで行っても、職業教育としての意識は薄いらしい。

それに対して、スペインの音楽学校(コンセルバトリオ)は、幼児から専門家養成目的を明確にしているから、適性のない者は、本人の意思で早めに進路修正が可能だ。まあ、芸術は、練習時間を労働と考えたら、ごく僅かな恵まれた人を除いて時間給としての配分は極端に少ない職業では有るのだが、、。

かって通訳としてフラメンコ関係者の世話をしたことがあるが、日本でも著名なフラメンコ・カンタオール(歌手)が契約の時に文字が読めず、外国人である私が契約書を代読したことがあった。戦争で教育の機会を失った者も多かったと想像するが、彼らの社会では文盲は珍しいことでなく、それを恥じることはまったくないらしかった。パコ・デ・ルシアが楽譜が読めなかったことは有名な話だ。ガデス自身も「貧困が私の芸術を創り上げた」と好んで語っていたようだが、彼はフラメンコ界のチェ・ゲバラと自負する革命戦士で熱心な共産党党員であったことも、当時の差別された状況への反動だったのかもしれない。

スペイン社会を構成している多くの人は、ヒターノというだけで、かっぱらい、物乞い、麻薬売人と同義語のように考えているようで、教育がありリベラルな思考の持ち主のはずの某大学教授でさえ、「彼らは仕事を与えても働こうとしない」と繭をかしげていた。働きたくても仕事がない、有っても下層の仕事だけの状況で富と名声を得られるのは、スポーツとか芸能のような実力の世界だけで、貧困から、盗みや麻薬売買等、犯罪に手を染めることも多く一般社会と阻害されたヒターノとの歴史的関係で作られた溝は深そうだ。その分、彼らの団結は固い。

以前、知人のフラメンコ・アーチストが日本公演から帰ってきた時に、「日本はどうだった?」と聞いたら、「日本は素晴らしい。デパートでもどこでも万引きし放題だし、女の子はよりどりみどりだ」と言われて唖然としたことがあった。彼らの根底には、阻害され、搾取されつづけてきた社会から盗むのは、「貸していた物を返してもらう」位の感覚でしかないのかもしれない。

本来フラメンコは、カデスの貧民街の”民謡酒場”(pen~a)やムルシャの”炭鉱節”(Cante de las minas)のような庶民の歌が主流であったし、踊りは、ヒターノの観光客相手の”娼婦の媚”として位にしか考えられていなかったので、ヒターノのところに大挙して押しかける日本女性達の行動は、不可解であったに違いない。ある知人が「娘は、外国人と結婚しないで欲しいが、、ヒターノと結婚するくらいなら、日本人の方がよい」と真顔で話していたのが印象的だった。私は仕事柄ヒターノとの付き合いが多く、ヒターノの友人も少なくないが、殆どが音楽関係で、ヒターノ社会としては裕福な部類の特殊な人たちなのかもかもしれない。

ガデスが、踊りをはじめたのは、13〜15歳のころで、フラメンコの家系ではなかったが故に、ピラール・ロペスに、クラシック・バレーの基本を叩き込まれ、、泥臭いフラメンコの踊りを芸術的に高めたと言えるだろう。アントニオ・ガデスの芸名も彼女がつけたのだそうだ。寧ろ外国で評価され、逆輸入の形で最近は国内でもフラメンコ・ブームとなり、ヒターノ以外の人たちも学ぶようになってきている。

私は、ガデスがヒターノかどうか知らないが、フラメンコの世界は圧倒的に、ヒターノが優勢なのは確かで、仕事に関しては、ヒターノであることが寧ろ有利に働き、逆差別さえ有るようだ。彼が、フラメンコをスペインの代表的民族芸術に高めたことは偉大な業績であるが、”迷彩服を着たほうが似合うバイラオーラ”としてはヒターノ民族を社会的に高めたことのほうが、より大きな喜びであったに違いない。芸術は、国境を取り除き、民族間の争いを防止する最大の武器だと思う。

投稿者 : 07:27 AM | コメント (5) | トラックバック

スペインの病院は民営が充実している(河野兵部)

farmacia1.jpg
知人が怪我をして病院に担ぎ困れた。

幸い、たいしたことはなかったようだが、誰でも海外で怪我をしたり病気に掛かると言葉の問題は勿論習慣の違いに戸惑うことだろう。

でも、有りがたいのは、スペインの緊急病院では、外国人には、気前よく無料で治療をしてくれることだ。これは、、カトリックの宣教師の伝統から来ている制度なののかもしれないが、宗教から離れても、国境のない医師団ほかのスペインのNGO活動が世界でもトップクラスに活発なのはその意思が引き継がれているからなのだろう。

スペインも世界8番目の経済先進国として、一流病院にいけば設備の面では問題ないが、医者は、日本のようには平均化されておらず、まだ名人芸の部類で、病院によってそのレベルに大きな差があると言ううわさだ。
角膜や心臓等の臓物移植に関しては、世界的な名医が目白押しで臨床例も多く定評のあるところでは、最高級の設備と熟練した手術、治療が可能だが、そのような病院の多くは、私立で公立病院はすくない。

sanitas.jpg日本では健康保険医が当然のようになっているが、この国では公営の健康保険はすこぶる評判が悪く、某新聞によると、安定した収入のある家庭の80%は強制の健康保険とは別に民間の保険に平行加入しているそうだ。
理由の第一は、保険医が少なく、区域別の指定の病院に行かななければならないことだろう。また、指定の医師でしか診察を受けられず、医師が選べないことにある(最近多少選べるように成ったと言う話もあるが、確認できていない)。しかも、どこも混んでいて、診療は予約してから数ヶ月先など珍しくないらしい。即手術が必要な重症患者が、空きベッドが無いために、平均6ヶ月待たされているそうで、先の選挙でもこの待ち期間を減らすことをどこの政党も掲げていた。
これでは病院の順番がくる前に、葬儀屋のほうが先に必要になりそうだし、支払い能力があれば、国民健康保険を最初から使う意思も無く、かけ捨てて、民間保険に入るのは当然だろう。

hospital1.jpgそれに対して民間の保険は充実していて、一流の病院や医師が自由に選べ最新の医療器具、技術の恩恵がえられ、殆ど待たされる事もない。王家の家族がいつも利用しているところさえも私立の病院だ。入院した場合も世話人付きの個室が利用できるとか、至れり尽せりでその差は歴然としている。清算も今は、カードになっていて国外での疾病もカバーするとのことだ。

日本の医療制度と違うところは、医薬がはっきり分業になっていて、医者は診察して処方箋を渡してくれるだけで、薬は薬局で買わなければ成らないことだろう。保険も入院した場合しか薬はカバーしないで、通常は全額個人負担だ。注射も自分で注射器を薬局で買って自分自身で打つか、プラクテイカンテという注射を打つ専門の人に依頼する。ここでも分業が徹底していて、それぞれに予約を入れなければ成らない。

私のスペインでの治療初体験は、歯医者だった。
出産同様、麻酔での無痛治療が一般的と聞いていたが、最初に麻酔を打たれ「おっ、やはり無痛治療だ。進んでる!」なんて感激したとたんに、おもむろに抜かれてしまった、、、。日本で治療した歯の充填が取れただけだったのだが、、とほほ。後で、知ったのは、保険でカバーするのは脱歯だけで、充填は有料だし、言葉のよく分からない外人が黙って保険証を出したからそのまま抜かれてしまったらしい。でも、スペインの治療方法は、全く根本的な治療法ですっかり感心した。その時抜かれた歯は、2度と虫歯にはならなかったからだ(笑)

投稿者 : 03:20 AM | コメント (14) | トラックバック

July 22, 2004

人生を楽しむためにお金を惜しまない!(河野兵部)

前回の続き。
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fuego3.jpgそれなら、その日を避けて日程を組めば良いのだが、カレンダーに載っているのは国の祭日だけで、困ったことに、マークされていない休日が多い。カトリックの聖人聖女は歴史上星の数ほど有るようで、スペインのカレンダーには、1年365日、毎日誰々の聖人の日と明記されており、毎日、それぞれの聖人に関連した場所でお祭りがあり当然その地区は休みに成ることになる。

学校に行く子供のいる家庭は子供から休日を知らされ、サラリーマンは労使協定で作られた労働カレンダーで、それらの休みを知るようだが、スペイン人でも、自営業で子供のいない家では、時々、祭日であることを知らずに買い物に行ったり、行政手続きに行って慌てそうなものだが何故か休日のことだけは良く知っているみたいだ。

スペイン3大祭りとしては、前述のパンプローナの聖フェルミンの牛追い、バレンシアの聖ホセの火祭り(ファジャ)、セビリアの春祭り(フェリア)がいつも挙げられるが、最近は各自治体が観光誘致、村興しとしてギター祭り、サフラン祭り、トマト祭り等、各々特色のある出し物を新しく用意している。共通しているのは、花火や深夜に野外デイスコとなるロック・コンサートや日本の屋台のような出店だ。聖人の日とロック音楽など合いそうもない組み合わせも「楽しければ良い」「人が集まれば何でもよい」と言うことなのかお祭りの本来の趣旨とはかけ離れたイベントも多い。

mercadillo1a.jpg
数万の小さな町が点在していて、それぞれが独自の守護聖人を持っているので、お祭りが重ならないように1週間ごとに順番で、それぞれ開くことにしているらしく、同じテキヤさんが、週毎に場所を隣に移して開業し、花火も先週は右側の町でボーンとあがり、今週は、左側の町でボーン、ボン、、。

mercadillo2a.jpgスペイン人は、人生を楽しむためにお金を使うことには、文句を言わないらしく、どこの自治体もお祭りに不相応な位にお金をかけていて、地方公務員の任務は如何に隣村よりも派手なお祭りをやるかみたいにみえる。大地主等土地のボスも普段は搾取している反面、このよう時は気前良く金を出すのだそうだ。

夏場は特に芸人には稼ぎ時で自分のバカンスもかねて好んで公演するので世界的なミュージシャンを名も知れない小さな村で無料または安い入場券で楽しむことも可能だ。絵描き、ミュージシャン等の芸人達は、これらのお祭りを渡り歩いて、イベントの盛り上げ役を担当していくので、結構収入になり文化活動の促進にも大いに役に立っている訳だから、無駄使いをしているということでもないと思う。

投稿者 : 02:41 AM | コメント (8) | トラックバック

July 13, 2004

毎日が休日!?天国のような暦。(河野兵部)

fiestaposter2.png現在北部のパンプローナでは、へミングウエイの「日はまた昇る」で有名になった牛追い祭り、聖フェルミン祭の真っ盛りで、昨日も何人か牛に刺されてけが人が出たようだ。
もうバカンスムード一杯になっているのに、更に祭りがあり折角仕事している人までも休日を強いているかのように、全くこの国のひとたちは、何にでも口実を見つけて休む感じで、とにかく休日が多い。

日本では国の祭日以外は学校や商店まで閉めることは無いだろうが、州の祭日、県の祭日、市の祭、日村の祭日とそれぞれその区域内は徹底して休日にするものだから、連休が無い月の方が珍しいくらいだ。
土日に重なると代休にするし、有休を前後の土日休みの間に付け加える人も多いから周単位の休みが簡単に取れて、一体いつ働くのかという気に成ってくる。
おまけに宗教的な祭日は大抵1週間続くのでメインの日は完全休日、それ以外の日は、銀行や郵便局、お役所まで、期間中半日営業で、学校は勿論全休。給料取りと子供や学校の先生にはまったく天国だ。

だが、旅行者の立場だとこれは実に始末が悪い。
日本では、休日にショッピングを楽しむ人が多く、商店は稼ぎ時なのだが、スペイン人は、他人が休むときには自分も当然休みにするので、日曜祭日は、免税店のような特殊な店以外は皆閉まって、旅行者は行くところも無く途方にくれてしまうだろう。勿論デパートも閉まる。
「浪費しなくて済んで、よかったでしょう」なんて冗談は、ショッピング目当ての女性旅行者には神経を逆撫でしてしまうみたいで禁句だ(笑)

復活祭の聖木金曜日やクリスマスイブの12月24日、大晦日の31日の夜は、レストランやバル、カフェテリアまでも夜は完璧に閉まるので、前日に食料品の買い込みをしておかないと、飢餓じい思いをすることに成る。

投稿者 : 02:23 AM | コメント (12) | トラックバック

July 09, 2004

恋愛?友情?マドリードの同性愛事情。(河野兵部)

may1b.jpg先週末、マドリードでゲイの祭典が行われた。
主催者の発表では100万人もの人が集まったそうだが、確かに町の中心地は大勢の人で埋まり、復活祭の人出と同じように賑わった。
今年は、主催者のGLTB(Gay ,Lesbian,Transexual, Bisexual)だけでなく、先の総選挙で与党となった社会党をはじめ、共産党等左翼系の政党代表やスペイン2大組合UGT、CCOOの代表までが参加し盛り上がったが、これはバカンス明けの9月には、8年越しの同性婚姻を認める法案が国会通過しそうな見通しのためのようだ。
フランコ独裁時代には、同性愛者は刑務所に放り込まれるほどの弾圧がされたそうだが、現代もカトリック教会は、公然と同性愛を非難しており、熱心な信者の多い保守系の民衆党(Partido Popular)は、未だにこの法案には反対している。

都会では、おおぴらに同性愛のカップルが腕を組んで歩き、いたるところで抱擁、接吻風景がみられ、敢えて新しい法律などいらないかと思うのだけど、地方や実生活上では、まだまだ差別がされているらしい。
マドリード市の市民相談所には、2002年から同性愛、性転換者専門のコーナーができ、精神医2名、社会学者1名、民生員2名、弁護士1名、行政1名が担当している。昨年は2000人の同性愛者、性転換者が法律上や精神的相談にきたそうだ。
一般的に絵描き、デザイナー、踊り手、役者等のアーチストに同性愛が多いのは、個人主義者で自己主張が強い人たちということもあるが、リベラルな仕事なので比較的社会的な差別制約を受けずにいられるということもあるのだろう。今回の行列では、制服姿の軍人が印象的であった。

確かに一般的な業種で働こうとすれば、就職試験では不利な査定をされ、職場では同僚や上司、顧客から阻害されうることは予想できるし、新聞では、しばしば右翼系の過激集団殻リンチを受ける事件が報道されている。(もっとも、逆説的にみれば、ニュースとして取り上げられるのは、右翼集団に危機意識がでてきて、この手のことが珍しくなってきたからなのか?)

学生時代には「男女間の友情」がよく話題になり、論議されたことがあったが、友情と恋愛の違いが最近はますます分かりにくくなってきた。
セックスと恋愛の関係もそうだ。
マドリードのチュエカ地区はゲイの町として知られ、専門のバル、レストラン、ブテイックが集中していて、異性と一緒に歩いたら寧ろ恥ずかしくなりそうな雰囲気があり、未来の世界へいったかのように感じる。
私自身は、誰とでも自分の好きな人、気が合う人と自由に付き合えばよいと思うのだけれども、彼ら彼女らの連帯感と権利獲得への意気込みを見ると、近い将来には逆差別され、異性との恋愛は軽蔑されるようにさえなるかもしれない。

投稿者 : 09:45 AM | コメント (2) | トラックバック

July 06, 2004

カラスなんて来ない、ゴミ箱あれこれ(河野兵部)

basura9b.jpg
人間の生活において、ゴミと言うものは本当によく出てくるものだ。
我が家のような小家族でも、毎日驚くほどの量のゴミが出てくるのだから、ゴミ処理は、どこの都会でも重要なテーマとなって居ることだろう。

basura1.jpgゴミの収集は、この辺りでは午前中だが、マドリードの中心地は、渋滞を避けるためか夜間12時頃から始まる。時間的に、レストランでも家庭でも夕食の準備も終わり、一日のゴミが溜まった頃だから都合が良いし、夜中に置きっぱなしで犬や猫に散らかされる心配もない。勿論ゴミ箱(オレンジの蓋のコンテナ)には蓋がついていて動物に食い散らかされにくく衛生的だ。またゴロが付いているので、多少重くても引っ張っていけるので楽だし、手前に引っ掛ける部分が有って収集車が持ち上げ、自動的に中のものを放り込めるようになっているので労働者の負担も軽く、とてもうまく出来ている。勿論生ゴミは、ポリ袋にいれてから、コンテナに入れる。

このコンテナは、郊外の一軒家では、通常一家族に1個だが、中心地は、集合住宅(ピソ)だから、建物別に大型コンテナが何個か用意されていて、管理人が収集時間に外に出す。何年か前に、日本に行ったとき、東京の住宅地でゴミ袋が剥き出しで山積みされているのを見て驚いた経験がある。あれでは、カラスや犬、猫に散らかされるのも当然だし、物まねが得意(?)の日本人が、何故これを真似しないか不思議だった。今は改善されているのだろうか。

basura7.jpg我が家で家庭菜園を大々的にやっていた頃は、生ゴミは、堆肥つくりに利用して全然出なかった位だから、分別収集するのは、ゴミ処理と資源の再利用の両面からとても有効にちがいない。スペインでも、15年程前から分別収集が始まり最近はかなり徹底してきている。生ゴミ用コンテナは、各家庭にあるが、分別コンテナは、一定地区別におかれていて、そこまで持っていかなければならない。それでもガラス容器のように重いものをわざわざ自家用車で持って行って、捨てているのをよく目撃するから、分別に対する認識はかなり高そうだ。
分別コンテナは、
  ・緑ガラス用(緑のボンベ形)
  ・白ガラス用(白ボンベ形)
  ・紙用(白、緑コンテナ)
  ・プラスチック容器用(黄色コンテナ)
  ・古着用(青コンテナ)
  ・電池用
等、種類も色々有る。
大型ゴミや植木の切り枝、芝刈りカス用には、市役所に電話すれば無料で取りに来てくれる。

basura6.jpg
収集車が通り過ぎた後は、日本では近所の人がきれいにしているようだが、こちらでは、自分の家の前でも公道を掃除するものなど誰も居ない。それは市役所の縄張りであり仕事だから、市の専門の清掃員がホースの水で道路を洗い流し、朝の道路はいつもきれいで清々しい。我が家の前は私道なので、団地の共益費で雇った専属の清掃員がきれいにする。
分業社会は融通が利かないこともしばしばあるが、ごみ収集、清掃に関してはうまく機能しているように見える。

投稿者 : 09:01 AM | コメント (7) | トラックバック

July 02, 2004

自分のことは自分で守る。(河野兵部)

alarma3.jpgalarma1.jpg
またブログから少し離れるし、暗い話題にはあまり触れたくないのだが、多くの人から治安について聞かれるので、この機会に、前回に続いてもうすこしだけ盗難関連の話を続けよう。

私が、初めてスペインの土を踏んだ時は、まだフランコ独裁政権が健在だった頃だが、そのころは、国自体が“合法的マフィア”の警察国家だったから、自由を束縛され、独裁という悪いイメージはあった反面、我々外国人や一般市民にとっては、盗難等の治安状態はすこぶる良かった。治安の面からだけで言えば、右でも左でも政治思想よりも強権を持つ安定した政権が必要なことは、現在のイラクの例を見れば分かるだろう。人間の動物としての本性(?)が現れるアナルキーの状態は恐ろしい。

当時はマドリード市内に区画ごとにセラーノと呼ばれるその地区の監視人が夜間各建物の入り口の鍵を持って巡回していて、手をたたくと近づいてきて扉を開けてもらったのだが、独裁政権の市民監視の目的が強かったのか民主政権が出来たと同時に廃止になった。私が接したセラーノは、いずれも好人物だったし、今では怖くて近づけない地区でも安心して夜でも歩けたのだが、、、。

現在は、一般家庭でも郊外に住むと監視センター直結の防犯ベルと番犬は必需品化してきて、それでも被害が絶えないのだから、用意のない家は、「歓迎泥棒様」の看板をつけているのと同じだろう。
団地専用のガードマンや警察もパトロールはしているのだが、350世帯をカバーしきれないから、それとは別に自分で警備会社と契約している家が殆どだ。先週泥棒に入られたお隣さんの場合も、当然契約してあったのだが、掃除の女中さんがきてアラームは解除してあったそうだし、プロに掛かっては気休めでしかないかもしれない。「安全と水はタダ」の日本は、本当に素晴らしい国だと思うけど、その代わり他のことにお金が掛かるかもしれないから、この国に住む必要経費と思えば羨ましくはない。

こんなことを書くと”スペインは恐ろしい国だ”なんて、来るのを躊躇する人も居るかもしれないが、泥棒と遭遇するのも、恋人と出会うのも運命だし、神様の思し召しに従うしかないだろう。
日本だって、泥棒が居ないわけではない。
友人の一人は、昨年スペイン人と結婚し新婚旅行に日本に行ったのだけど、最後の晩に、宿泊先の日本の自宅に泥棒に入られ、パスポートも盗られ日本で足止めを食ったそうだ。大体、スペイン人が日本の新聞を眺めたら毎日恐ろしいニュース満載の三面記事に怖くなって日本に行くのをやめたくなるのに違いない。

avialice1.jpg
我が家は、アリスとアビという”専属ボデイーガードを契約”していて、大食いだが、物音がすると、60kgと70kgの巨体の2匹が、大声をあげて門のほうに突進していくから頼もしい。
まあ、入られても泥棒をがっかりさせるようなガラクタしかないから、あまり気にしていないが、願わくば、在宅中に来ないで欲しい。
寝室で睡眠中に、起こさないように”気配り”して仕事する親切な泥棒も居るかと思えば、気持ちよく眠っているところを叩き起こして、金のありかを聞き出そうとしたり、家族を人質に一緒に銀行に行って貯金を下ろさせる性悪強盗も居るらしい。

盗られるものがないのは気楽の反面、空っぽの財布を見て逆上して、家族に暴力を振るわられると困るから、一応念のために”泥棒へのチップ”程度の現金は”泥棒様専用金庫”にいつも用意してある。

投稿者 : 04:50 AM | コメント (20) | トラックバック

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