パロス・デ・ラ・フロンテラ(Palos de la Frontera


ポルトガルとの国境の現在人口わずか7千のこの町、と言うより村は世界の歴史に大きな関わりを持っています。

コロンブスが新大陸発見の旅に出たのは、1992年8月3日のことでしたが、彼はその船出前にここのサン・ホルへ寺院で
のミサに出席して、苦難の旅への決意を固めたといわれています。

こんな片田舎にわざわざ来たのは、彼の旅に同行したマルティン・アロンソ.ピソンとヴィセンテと言う兄弟2人のキャプテン
の故郷で有って、また近くのラビダ修道院(Monasterio de Rabida)の修道長であったフアン・ペレスがイザべラ女王
(Isabel)の懺悔僧だったので、カトリック両王の決定に大きな影響力が有ったことから彼に援助を求め、一度は拒否さ
れた「新大陸発見の旅」への道を切り開いた重要な地だったからです。

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