ジローナ(Girona)

巡礼路も海路と陸路の2通り有り、南半分のスペインがイスラム教徒の支配下に置かれていた時代ですので、陸路としては当然フランス側から入る事になり、この道をフランス・ルート(Camino Frances)と呼んでいます。 フランス・ルートもピレネーのどの部分から入るかでそれぞれ異なった土地の気候風土文化を吸収しながら各々が独特の文化を創り上げていき、西に向かって広がっていきます。

Catedral de Girona

キリスト教徒王国、イスラム教王国も常時いがみ合っていた訳ではなく、特にイスラム教徒の支配下においてはキリスト教徒やユダヤ教徒等他宗教には非常に寛容で共存していて、平和時にはお互いに経済や文化的な交流が盛んに行われていました。

その事から当然南よりの地区ではイスラム文化の影響を強く受け、同じ時代に馬蹄形アーチを持つ煉瓦造りの建築さえありこれを”ロマネスク建築”と呼んで良いかどうかは専門家に任せてここではその時代の人々の生活、好み、考え方を想像しながら散策してみましょう。

 

天地創造のタピストリー(El tapis de la Creacion)

フランスのぺルピーニャンから地中海沿いに下っていくとGironaという町が有り、ここのカテドラルは11世紀に作られ13世紀以降に増改築されていますが、回廊やCarlomagnoと呼ばれる鐘楼、一体のマリア像、宝石のちりばめられた椅子等どれを取ってもロマネスクファンにはため息の出そうな物ばかりですが何といっても色鮮やかな羊毛糸で刺繍されたタピストリーは絶品です。

天地創造のタピストリー
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中央部には祝福を与えるキリスト((Pantocrator)があり、右下には動物に名を付けるアダム、左下にはアダムの脇腹から出てくるイブ、中央下は鳥と魚の創造、右上部は大空の大地との分離と光の天使、左上部は大空の創造と闇の天使、中央上部は水に浮ぶ聖霊としての鳩が表わされています。円を囲む4隅には東西南北の風、両脇は1月から12月までの労働、上部は旧約聖書の物語等が描かれています。

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