Spainfan


フエリペ2世の夢
エル・エスコリアル修道院
(Monasterio de San Lorenzo de El Escorial)

 マドリードの北西部約50km、グアダラーマ山脈(Guarradama)の麓の標高1055mの所に
あるこの巨大な建物は、16世紀無敵艦隊を抱え、世界中の植民地を支配し「スペインに
日の沈むことは無い」と豪語したフェリペ2世(Felipe)が、1557年に、フランスとのサン・
キンチンの戦いの勝利を祝って、丁度その日が聖ロレンソ(San Lorenzo)の祝日であっ
たことから、この聖人を称える修道院を造ることを思い立ったことに始まる。


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 建築は、当時イタリア・ルネッサンス建築で最も評判の高かったフアン・バウテイスタ・デ
・トレド(Juan Bautista de Toledo)に依頼され、 工事は6年後から開始されたが、
フアンは4年後に死に、助手のフアン・デ・エレラ(Juan de Herrera)に引き継がれ、
合計21年の年月を費やして造られた.

建物のみならず、内装も当時の選り抜きのアーチスト達、ルチェット(Lucetto)サンチェス・
コエジョ(Sanchez Coello)、ポンペジョ・レオーニ(Pompello Leoni)、チチアーノ(Tiziano)
エル・グレコ(El Greco:フェリペ2世には好まれなかったようだが、、)等が呼ばれ、絵画、
彫刻等に腕を競い合った。

晩年はフェリペ2世も、政事に疲れ果てて、ここを自分の安住の地と定め、既に不自由成った
体にも関わらず、現場監督さながら工事現場で、その進行状態を見守ったそうだ.
その時に彼が座っていたとされる椅子が現在も宮殿内に保存されている。

 建物は最終的にほぼ正四角形で横207メートル、縦161メートル、高さ最高部で92メートル、
55メートルの高さの4つを含む9つの塔、1200の扉、2600の窓、86もの階段を持つ、巨大な
物となった。聖ロレンソが、バーベキューにされて殉教したことから、平面図は、もち焼き網の
形をしており、窓の鉄枠ほか、至る所にこの形を象徴した図形が見られる。


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