Spainfan

狂女王フアーナ Juana La Loca

熱狂的な愛と言うのは、独身男女には限らない。フアーナのように数千キロ離れた地に居る夫(16世紀に置けるこの距離は
現在の感覚で見るべきではない)に対する恋慕の気持ちは若い恋人たちには決して引けを取らなかった。

ファーナは美男王と呼ばれる程ハンサムなオランダのフェリペ(フイリップ)と結婚し、後の神聖ローマ帝国の皇帝として、また
スペインの最盛期の王となるカルロスV世(スペイン王としてはI 世)を産むことに成るが、その後夫とは殆ど同居したことはな
く 、夫の浮いた噂を聞くたびに嫉妬に狂い、言動がおかしくなって狂女王(ラ・ロカ)と言う不名誉な名で呼ばれ、メディーナ・デ
ル・カンポのモタ城の一室に幽閉されることに成る。

彼女は毎日この小さな部屋の窓から夫を思い、虚ろな目つきで外を眺めていたそうだ。或11月の寒い日に、警備の隙を見て
殆ど裸同然の姿で外に飛び出し、城門を開けるように兵士に命じますが兵士が応じないのを見て「私が女王に成ったら、お前
の首を切ってやる」と脅し始める始末だった。フォンセカ侯が宥めても言うことを聞かず、部屋に戻ることも服を着ることも拒絶し
たために、兵士たちはファーナが凍死しないように連日焚き火で彼女を暖めたそうだ。

間もなく急を聞いてイサベル女王(イザベラ)が到着し、「春になったら、夫の居るフランドルに送る」事を約束し、部屋に戻した。
翌年5月遂に出発することになり、彼女は喜びに溢れるのだが、行き先はフランドルではなく、僅か23キロ先のトルデシージャ
スであった。
ファーナはここの一室で46年の余生を幽閉されながら過ごすことに成る。

ファーナは死後トルデシージャスのサンタ・クララ修道院の礼拝堂に一旦埋葬されるが、後にフェリペII 世によってグラナダに
送られ、夫のフェリペと共に王室礼拝堂の両親のイサベルとフェルナンド、カトリック両王の脇に埋葬される事に成る。

「夫の側に、、、」と言う彼女の強い思いは死後に果たされ、さぞかし幸せな気持ちで居ることであろう。

グラナダ王室礼拝堂の

フアーナとフエリぺの墓