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Spainfan

物乞い(mendigo)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クガモンギー

 スペインでは至る所で物乞いを目にする.観光地に限らず,どんな小さな町でも日曜日の朝などは教会の入り口に佇んでいるのである.物言わず,唯じぃーっとこちらをうかがっている様は少し不気味で子供の頃読んだ江戸川乱歩の小説にでてくる人物のようでもあった.しかし彼らにいじけた感じはなく,実に堂々としているのである.
 私が幼い頃は,浅草あたりに傷痍軍人の方が物乞いなどをしておられたが彼らはお国のための負傷にもかかわらず,実に低姿勢であったのに対して教会前に陣取る彼らは「わしらは,教会からの許可書を持っている.」と言わんばかりに片手をムンズと目の前につきだしてくるのである.初めのうち,私などはこのなじみのない状況にとまどいを隠せず,教会に入りそびれていた.仕方がないので人々の動向を観察したら結構みんなスーッと素通りして行くので(中には幾ばかしかのお金を渡している人たちも居たが)私も右に習えをすることにした.彼らは,そこにいるだけで無理強いなどはしなかった.
 
 教会の前に佇む彼らとは違ってしつこいのは家に訪ねてくる者たちだ.スペインのアパートの外玄関はどんなにボロくても日本の高級マンションのようにオートロックになっていて訪問者が訪問先のベルを鳴らして開けてもらうようになっている.ところが,時々それをかいくぐって部屋のチャイムを鳴らす者がいる.そんな時,友達かしらなどと確認せずに開けてしまうとそこには子供連れの物乞いが立っていて「この子はもう何日も物を食べていません.どうぞお金をください.」と,つぶらな瞳で親子(の様に見える)して訴えかけてくるのである.
初めてこの状況に遭遇したときはどうしていいのか分からず,「ごめんなさい.留守番なの.お金ないの.言葉,よく分からないの.」と云い,扉を閉めたらドアの向こうで「ばかやろう!この糞やろう!」と喚かれてしまった.ひどく後味が悪く後でルームメイトにことの次第を話すと確認せずに開けた私が悪いと注意され,開けてしまったのなら何か与えなくてはいけないと云われた.但し,お金を渡すと親が賭事に使ってしまうので火を使わなくても食べられる物で封の切ってない物をあげなさいとのことだった.彼らにもそれなりの敬意を払わなくてはいけないと云うのだ.そしてそれ以後はその忠告に従うことにした.
 
 ある時,友達の一人が地下鉄の駅で待ち合わせをしていたら物乞いがにじり寄ってきて例の如く片手をむんずと差し出してきた.彼女が無視しているとどんどん人数が増えてぼそぼそ云いながら手を出してくるので,少しめんどくさくなって,思いつくまま「お金をあげたいのはやまやまだけど,私にはあなた達に与えるお金はないの.もう暗くなってきたのにうちに帰るお金もない.三日も食事をしてなくてお腹もペコペコ.友達からお金を借りようと思って待っているけどまだ来ないの.」と云うと,彼らは蜘蛛の子を散らすように去っていったという.彼女が「ふん.」と思ってさらに遅れてくる友達を待っていると,20分程してさっきの物乞いたちが戻ってきて彼女を取り囲むと,中のリーダーらしき男が彼女の手を取り垢にまみれた手で小銭を握らせたというのである.そして,「どこに住んでいるんだ?んっ,その駅までならこれで十分だ.飯も食えるぞ.」と云って去っていったそうである.その後,やっと来た友達とその場を後にしようとしたらそのおやじ達が「おっ!友達が来てくれたのか.よかったな.」と云わんばかりに手同様,垢にまみれた顔一面にニッカ!と笑みを浮かべて手を振ってくれたという.
 この話をきいてなんとなくなぜ彼らの態度が堂々として見えるのか少し分かったような気がした.彼らにとって物乞いは立派な職業で,持てる者が持てない者に与えるのは川の流れのように当たり前のことなのだ.何かの本で彼らの中には家を建てた者も居るというのを読んだことがあるような気がする.
 しかし職業に貴賤はないという精神が巷に満ちているかというとそうでもない.おばさん達は「働きもしないで,まったくしょうがないわね.」と本気で怒っている.ただ,そんなおばさん達も時と場合(持てるときは)当然の様に与えるのである.
 「なんでぇー?」と思っても答えは出そうにないので,きっとこれがスペインの常識なのだろうと思うことにした.地下鉄はどこから入れたんでしょう?的に眠れなくなってしまわないように理屈ではなく身体で,空気で理解していかないと思考の迷宮に入り込んでしまう国なのだ.


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