Spainfan


<ムンクの叫び>.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クガモンギー
 
 「胃潰瘍も経験したし,盲腸でも七転八倒したから大丈夫.」とたかを括っていた私.
出産の苦しみがこれほどとは思わなかった.夜中に陣痛が来て入院.次第に痛みが強
くなっていったがこれは序の口だった.朝方破水すると「あ〜!今までのは痛みじゃ
なかったのねぇー.」と,一晩中腰をさすってくれていた夫に謝りたい気持ちになっ
た.お昼過ぎに分娩室へ.いよいよと思ってからは不思議なくらいに時間が短く感じ
られたが,出た来た子供は健康優良児の3434g.道理でつかえて出てこなかった筈で
ある.頑張っても頑張っても,「ちょっとだけね.」とすぐにさよならして居心地の
良い羊水のお部屋に戻って行ってしまう我が子に先生の方がしびれを切らして「えい
っ!」と私のお腹を押してのご対面となった.誰もこんなに痛いなんて云わなかった
.こんな体験はもう嫌だ.うちは絶対に一人っ子だなと強く誓った. 
 スペイン人の家族は大家族だ.友達もみんな兄弟が多かった.平均でも4,5人はい
たのではないだろうか.街でよく見かける物乞い達も『当方6人の子持ち.失業中.
』なんて看板を立てていた.一体どうしたらあの肉体的な痛みを数度も体験できるの
だろうか.



 スペインでは,宗教の規制はないが殆どの人が生まれながらにしてカトリック教徒
である.カトリックでは堕胎は罪とされている.スペインでも1987年に堕胎罪が廃止
されるまではいかなる理由があろうともそれは罪であったし,幼い頃から教会の教え
を叩き込まれてきた人たちにとって,宗教の教えに背くことは,法律上の犯罪以上に
罪深き恥ずべき行為であった.そして,避妊も良しとはされていない.現実には,廃
止以前にも不貞の子を宿したり貧しさを理由に,あるいは暴行による妊娠から逃れる
ために中絶という行為を選んだ女性達もいたが,それらの多くは極秘裏に海外で行わ
れた.中にはもぐりの資格も持たぬ医師もどきによる手術で命を落とす人も少なくな
かったという.

 

確かに出産は辛かった.肉体的な苦痛はあるし,精神的にも感情の起伏が強くなり
日によっては楽天的にまた別の日にはわけもなく不安感に苛まれる.体内に異物が入
り込んだように思われ,ホルモンのバランスは崩れ,自分自身の目に見える変化に戸
惑う.しかし,その向こうにはいつでも希望と喜びがあった.新しい生命の宿りは新
しい家族の誕生であり,ゆずり葉のように次世代への引継である.両親のどちらに似
ているだろうか?どんな人生をあるいていくのだろうか?色々と想像し,予定の日を
指折り数えて待っている.そして何よりも夫婦お互いが欲した,愛の結晶である.楽
しみでないはずがない.
 しかし,全ての生命の誕生がそうであるとは限らない.自分の身体の変化に屈辱感
を思い出し,明るい将来への希望も持てず出産にのぞみ,生まれいでた我が子を可愛
いと感じることもなく憎悪さえ抱いてしまうことがある.とても悲しいことだが現実
である.そんな状況で女性は一体どうやってあの苦しみに耐え抜くのだろうか.
 12時間に及ぶ戦いの末に対面した娘は猿顔だった.お風呂に浸かりすぎたような皺
だらけの顔に埴輪のような腫れぼったい目.お世辞にも可愛いとは云い難かったが一
生懸命に泣いているその姿は私の母性本能をちょっぴり刺激した.柄にもなく「私が
ママよ.」なんて呟いてしまったりした.旦那と頭を付き合わし名前を考え心優しく
育って欲しいと願った.それから一年,悪戯盛りの娘との日々は,慌ただしくけたた
ましく過ぎていくようで悲しくもなるが破顔一笑されるとなんでも許してしまいたく
なる毎日である.

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