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サンテイアゴ・デ・コンポステラ(Santiago de Compostela)

歓びの丘(El Monte del Gozo)

サンテイアゴの町も数キロに迫ったサン・マルコ(San Marco)の村の脇に有る小高い丘が”歓びの丘”と呼ばれています。
ここは苦難の旅を経て巡礼者達が初めて聖ヤコブが埋葬されているサンテイアゴの大聖堂(La Catedral)の尖塔を遠方に
覗めることが出きる丘だからです.ここに立って尖塔を眺めながら、彼らの感激の程を思うだけで目頭が熱くなってきます。

現在はローマ法王 Juan Pabloが訪れた時のここには場違いに思えるような近代的な記念碑とサンチアゴの町を指差している
鍛金鉄で作られた巡礼者像があり、巡礼者用の宿舎も設置され、又市民公園となっていて夕方ともなると若いカップル達の
“歓びの丘”とも成っています。

大聖堂(La Catedral)

“もうどこへ行くのかと尋ねるものはいない。どこから来たのかと聞くだけだ”あらゆる所から来た巡礼者達が一点に集まり、
終点に辿り着いたのです。

現在は一年中巡礼者が絶えませんが、本来は何年かに一度の聖なる年の7月25日を目指していたようです。この聖なる年は
聖ヤコブのお墓が発見された7月25日日曜日に因んで西暦での7月25日が日曜日と重なる日の年を“聖なる年”として、この日
しか開かない聖なる門(Puerta Santa)を通りぬけると全ての罪が清められると信じられています。このことから別名免罪の門
(Puerta del Perdon)とも呼ばれています.
なんか私達が宝くじを買うとき縁起を担いで生年月日の番号を狙うのと似てますねえ(^^)

オブラドイロの門

大聖堂の正門はオブラドイロの正門(Fachada de Obradoiro)と呼ばれていますがオブラドイロとはガリシア語で工事現場の、
意味だそうですが、ここで石工達が仕事していたことによるようです。この門は1750年にチュりゲラ(Churriguera)様式と呼ばれる、
けばけばしいスペイン・バッロック様式で飾り付けられています。

門をくぐるとアラバストロ(Alabastro白い透明度の有る大理石)を刻んだ素晴らしい彫刻群を持つ門が現れます。 これが“栄光の門”
(Portico de Gloria)と呼ばれる巨匠マテオ(Maestro Mateo)によって12世紀の終わりに作られたロマネスクの傑作です.
元々はこれが大聖堂の外側の門だったものを、前述のオブラロイドの門で保護するように包んで居て現在は壁の重量は支えては
いないようです.
中央部の柱には5本の指の形の窪みがありますが、これは800年の間の巡礼者が感激に震えながら柱を撫でた跡だそうです。
その上にはヤコブ像があり、更に上のタンパン(Timpano門上部の半円部)には中央部に救世主(Salvador)としての祝福を与える
姿のキリストとそれを取り巻く形で福音書を書いた聖人達マタイ(Mateo)ヨハネ(Juan)マルコ(Marco)ルカ(Lucas)の4人が配置
されています。
更に周辺はキリストの受難の関連のもの、十字架、茨の冠、ムチとその時キリストが繋がれた柱、4本の鉄釘と槍等を天使が持っています。
その外側は使徒達や預言者達が守っています.上部のアーキボルト(arquivoltaアーチ部分)には黙示録の最後の審判の場面を思わ
せる配置で24人の長老達が音楽を奏でています。彼らは天国のオーケストラ団員です。

栄光の門

中央の柱の裏側には中央祭壇に向かって膝まづく石像があり、これは作者のマテオ自身とされ、巡礼者達はこの像のおでこに2回
ゴッツンコすることから“ゴッツンコの聖人(SantoDos Croques)と呼ばれ、これで彼の知性を授かる事が出きるそうです。お試し有れ(^^)

中央祭壇には巡礼者、法王、騎馬のマタモーロの3つの姿のヤコブの彫刻が飾られその下に2人の弟子テオド−ロ(Teodoro)アタナシオ
(Atanasio)とともに聖ヤコブが葬られています.祭壇前には天井からぶら下がった大きな金属性の香料入れがありますがこれがボタフメイロ
(Boatafumeiro)と呼ばれるもので、重要なミサの祭には数人の僧侶たちが天井に届きそうな位にブランコ揺りして構内に香料をまき散らします。
これはお祓いの1種ですが、一説によると巡礼者達は長旅で乞食同然な格好だったので悪臭が構内に立ち込め、根を上げた司教が
悪臭退治でのため始めたそうです.

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