Spainfan
サンタ・クララ修道院

アラブ風パテイオ

トルデシージャス(Tordesillas)

ドゥエロ河沿いに有る人口7.600人のこの町は、現在マドリードからレオン、ガリシア地方への,またバスク地方からポルトガル方面へ
の交通の要点に当たり、また白ワインで定評の有るルエダ・ワインの産地として知られており、どちらかと言うと農業地帯ですが,中世に
はしばしば歴史上の重大な舞台となっています。

1494年ローマ法王アレハンドロVI世の仲介でスペインとポルトガルが新発見の領土の南北極間に線を引き、グリーン諸島から想像で
西370海里を境界線として決めたトルデシージャス条約はこの地で定められました。 その時の計測の間違いから中南米で唯一ブラジル
がポルトガル領となったと言うおまけも有ります。

イサベル(イザベラ)女王の長女フアーナは1506年ここで夫の死を知り、前述のように生涯幽閉生活を送ります。

ここのサンタ・クララ修道院は1350年アルフォンソXI世がサラードの戦いの勝利を祝って造った宮殿がその始まりとされていますが、後に
その息子である残虐王ペドロ I 世によって内妻のマリア・デ・バディジャの住居として修道院に変えられます。

セヴィリアのアルカサルは、ペドロ王が12世紀のアルモア族の宮殿の跡にグラナダの技術者の協力の下にアラブ風の宮殿を造らせますが、
その華麗さに魅せられて、マリア・デ・パデイージョの為に、遠く離れたカステイージャの地にも、同じ建築家を連れてきてムデハル様式の建
物を造らせたものです。

ムデハルとはキリスト教徒による再征服(レコンキスタ)後に残ったアラブ人たちのことで、その文化をムデハル様式と呼び、キリスト教徒の支
配下でその影響を受けたアラブ文化と思ったらよいでしょう。

目の眩みそうなアラベスク模様、馬蹄形アーチには、しばし、南スペイン、アンダルシア地方に居るのと錯覚を起こしそうです。 ここにはファーナ
が使ったオルガン、フェリペ II世のクラビアコード等興味深い展示物も有ります。

 

サンタ・クララ修道院 Monasterio de Santa Clara

訪問時間 月曜休館 (電話983−77−0071)

午前10時30分から13時、午後16時から17時30分(10月1日から3月31日)

午前 10時から13時30分、午後15時30分から18時30分(4月1日から9月30日)

午前 10時30分から13時30分、午後15時30分から17時30分(日祭日)

サンタ・クララ修道院

全景