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Spainfan
ウォーキング 2.7.01
「郷に入っては郷に従え」というので長らくシエスタを楽しんできた。何しろセンターの
ワーキングアワーが10時から14時までと午後は18時から21時ということになっており
お昼の時間がたっぷりあってお昼にワインなど飲んだらもういい気分で昼寝とあいなる。

本来ならば30分からせいぜい一時間のシエスタが何時の間にか2時間くらいぐっすり
寝ることがしばしばあってこれではあまりに贅沢すぎると感じ始めた。それにこんなこ
とではきっと取りすぎた栄養が消化されずに脂肪となって蓄えられることになるのでは
ないかと思い始めた。そこで食事後30分くらいはおとなしくしていてそれからウォーキン
グをしようと決意したわけ。3日坊主に終わらないようにしようと思う。


今日は3日目。いつものパルケ・デ・ヘスイータス(イエズス会の公園)というのだがさて
イエズス会が作ったのかどうか、かなり広い公園である。

メリア・コンフォート・ホテルの横を通り過ぎて公園に入ると、もう葉をすっかり落とした
ポプラ並木が奥の方まで一直線に並んでいる。右側に蔦が絡まった高い塀があってそ
の向こうに線路がある。めったに電車などは通らない。左側には並木の奥に糸杉だか
ヒマラヤ杉の木がかなり強い風にあえいでいるように唸り声を上げている。雨は降って
ないが風が強く今にも雨が降り出しそうな気配だ。殆ど人は誰もいない。時々犬の散歩
に通りかかる人がいるくらいだ。三智子の好きな薔薇のアーチの並ぶ中央の道は通らない。

天気のいい時ならいっぱいお年寄り達が座っているベンチも今は誰もいない。
少し大きめに腕を振って歩いてみる。そして大きく息を吸ってみる。
一陣の風がすぐ脇の木々を大きく揺らして通り過ぎた。風の音がなんとも気持ちがいい。
きっとこういう一瞬が最高の幸せなひと時というのだろうなあ、幸福の青い鳥というのは
どこまで追いかけても見つからなくてこういう一瞬に幸せというのがあるのだろうなあ、
ふとそんな風に思う。この世に天国があるとするならもう、今、ここにあるというのかもし
れないと思う。何となく心楽しくなる。

公園の横にある肥料工場の煙突から蒸気の煙が真横に吹き流れている。2−3羽の黒
むく鳥が風の溜まり場で休んでいる。


そして今日午後の授業で源氏物語の話をするのだがその内容などを反芻してみる。高貴
な生まれでしかも才智あふれ、ハンサムだというから無理もないが光源氏という男はよくも
まあこんなに女に持てたものだ。ちょっと羨ましくも思う。がこういう男がついには妻(女三宮)
が他の男(柏木)と密通して(なんと古風で魅惑的な言葉か?)子供までもうけて、そしては
じめて自分が親父の女(藤壺)と密通して子供までなしたことの罪深さを思い、そして最後に
は最も辛い思いをさせながら又同時に最も愛した紫上が死ぬと、世の無常を思い身辺整理
して紫上との手紙なども焼いてしまい出家してしまう。


どれだけ「もののあわれ」をスペイン人に伝えることが出来るだろうか。多分それは無理だろう。
ドンファン一代記くらいにしか理解してくれないだろうが何がしかの好奇心を喚起することが出
来ればそれでよしと思うことにしよう。

そして翻って自分の生き方を考えてみるに所詮は比較にもならないのだが女で苦労もしてみ
たいのだがもうダメだし、やっぱり"Simple is the best"ということかなあ、などと思う。どこかに
出家への願望みたいなものがあって、貧しい庵のわび住まい、なんてものにあこがれもする。

どんどんお金を貯めて洋服も買い、靴も買い、身の回りのものを一杯買い込んでそれらを消費、
使用する暇もなくて死んでしまったら後、誰がその整理をするのだろう。きっと残った子供達は
迷惑するのだろうなあ。(しない、しないっていう声も聞かれるが)。


そういえばまもなく仏教の話をせにゃならぬが「喜捨」という言葉もあったなあ。喜んで捨てて
いくということだろうか。なんの報酬も期待せずに「布施」「施し」をするということのなんと難し
いことか。第一、貧乏育ちで根っからのけちん坊が身を削って一つ一つ人に与えていくという
ことが惜しくて出来ない。それに左手にも知らせないで右手で人に施しをすることが本当に出
来るのだろうか。第二に恩義を感じないでお礼もしないで受け取ってくれる人に「与える」のが
難しい。お礼を言われたのじゃ「施し」にならない。恩義に感じて喜んで受け取って、ありがとう
の一言でも言ってくれる人に与えることはやさしい。

これからはどうやって一つ一つ喜んで捨てていくかが難しい。

かって台湾にいたときにご馳走になりいたく感激してお礼を言ったら「そんなにお礼を言われ
ると非常に困る」といわれ、つまりは「もう一度是非招待してください」との催促のように聞こえ
るというのだ。御礼を言うのも難しい。

その点ではこのセンターの所長さんなど誠に感謝しなければならない。いや、本当に。
まず、「ありがとう」とか「お疲れさん」などという言葉はスペイン語にはないかと思うくらいだ。
最初のうちは一言でも「ありがとう」と言ってくれれば今度も又頑張ろうという気になるのになど
と思ったりしたものだ。どうも日本人は「どうもすみません」と謝ってくれて、「どうもありがとう」と
感謝してくれれば簡単に喜んでしまうもののようだ。


キリスト教の影響もあるのだろうか。「ありがとう」と御礼を言ったら、折角の好意ある「与える
行動」が帳消しになってしまうのだろう。

昔、学生時代に4年生に進級する春休みにアルバイトをしてその金を全部四谷の新道通りの
飲み屋につぎ込んでしまい無一文で帰郷してお袋に謝ったのだが苦労して稼いでいたお袋の
逆鱗に触れ勘当されてしまった。さて月謝が払えない。休学してまた稼ごうかと思っていたとこ
ろを先輩のサブキャプテンだったせっちゃんがラグビー部の部長だったヤミーに僕の窮状を話
したところヤミーが「前年の夏休みにカリフォルニアの大学に特別講義に行った折りにサリバン
さんという人から日本の貧乏な学生に上げてくださいとお金を預かってきている」という。だから
その金を使って月謝を支払いなさいと、これもキリスト教徒のシンボルである魚のおめだいと一
緒にくれた。その時、恐縮して固辞しようとしたのだがヤミーから声を荒げて「君もラガーならス
ポーツマンらしくあっさり受け取ったらいいじゃないか!」と一喝されたのを思い出す。あのサリ
バンさんの左手はきっとこのことを知らなかったであろう。

今になっては恩を返すことが出来ない。
人から恩義を受けたら必ずお返しをして御礼をしておきたい。ごく普通にそう思う。
でも10の好意を受けて8くらいのお返しが出来ればいいところで、いつも残りの2くらいの恩義を
感じて感謝しているのがいいのかなあ、と思う。

もし10の恩義を受けて12のお返しが出来たとすれば、それで心に恩義を感じることなしにあた
かも借金は利子をつけて返したよ、といったすっきりした気持ちでいられるのだろうがそれでは
感謝の気持ちを持つことができるのだろうか。

経済力も権力も地位もあれば利子をつけてお返しすることができるであろうが、えてしてそういう
人は感謝の気持ちが薄くなり「俺は与えている側の人間だぞ」と傲慢な気持ちになりがちなので
はないかしら。
全く人間というのも難しい。

かってはこの公園を時々ジョッギングしたものだが二度と膝など痛めたくないからウォーキングを
することにした。散歩でもいいのだが。時計で測ってみると一分に128歩である。この公園を一周
するのに12−3分かかる。これを三周することにした。

木々の間から見える地平線の向こうではもう雨が降っている模様だ。
このところ毎日雨が降るのだがこの時間だけは雨が降らない。
お天道様までが僕の行動を見守ってくれているみたいだ。ずっと以前からそんな気がする。
テニスをやるぞ、と決めるとその間だけは雨が降らないでいい天気となる。
台湾で日本人学校のPTA会長をしていた時、盆踊りをやろうと決めた。丁度当日頃に台風がくる
気配で食べ物の準備などの都合上、中止か決行かの判断に迫られた。会議の席上ではリスクを
負いたくないというお母さんたちの声が圧倒的であったが窓の外ではまだ雨、風の激しい空を見
上げて「大丈夫、天気になる、決行だ」と皆を勇気づけ準備を続行させたのだが、本当に当日は
台風が一寸それて朝日が昇ったあの日、あの時の感激を思い出す。

まるで宇宙の運行までが僕に合わせてくれているようだ。
これからも宇宙と調和して生きていこうと思う。
以上。


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