投稿欄
Spainfan

日本文化週間 −その1−
あれは去年の何時だったか、日本・スペイン・シンポジウムが岐阜で行われる一寸前に
取材ということで岐阜県庁から人がサラマンカにきて、所長に面談された。

その時、岐阜でスペイン週間をやり色んな催しをやったという話がでて、所長から「サラマ
ンカでも日本週間をやることにしてます」と発言があった。そんな話は以前一度も聞いた
ことがなかったのだがきっと岐阜の人の発言に触発されて、思わず口から出てしまったの
だろう。でもいいことは思い付きであろうとやったら良いと思う。色々日程など検討した結果
、この2月12日から16日までの一週間を日本文化週間ということになった。

色んな人に声をかけてこの期間中にどんなことが出来るかイベントを募った結果、何とかス
ケジュールを組むことができた。

丁度、去年も来てくれたのだが金沢の竹中幸生さんという水墨画の画家が今年も来てくれ
るということで12日から15日まで水墨画の展示会をやってくれることになった。同時にマド
リッドのスペイン生け花協会が生け花の展示と実演講習会をやってくれるという。

場所が十分にないので美智子妃記念ホールに同時に展示することとなった。

初日12日の幕開けは拓殖大学の留学生による日本の歌のコーラスである。スペイン語の
勉強をしながら俄仕立てのコーラスの練習で引率されてきている安富先生は色んな学生の
面倒を見ていて疲れてしまったのか、ついに2−3日前から風邪をひいてしまい声が出なく
なってしまっていた。しかしメンバーが足りないということで彼自身も一員に加わって歌って
いたのだがちょっと気の毒な気がした。「ふるさと」など古い典型的な日本の歌の紹介だ。

エンリケが日本の歌の紹介を一つ一つ解説している。
ついでビデオによる日本紹介で日本の漫画、近代美術の紹介、井上陽水を中心とした日本
の音楽の紹介なのだがアウラ・マグナの大教室は一杯の人で床に座る人がでるくらいだ。

この日の最後はサラマンカ大学の地理歴史の先生であるサルサ教授が日本の地理と人と
いうことで講義をされたのだが、彼は先日カルロス五世の旅行グループがサラマンカに来た
時、臨時に僕が通訳したことで良く覚えていてくれて最前列で聞いていた僕に「そうだろ」と
か相槌を求めてくる。

かなり時間が超過して守衛のホセがもう早く皆出てゆけといわんばかりに厳しい顔して警棒
を握り締めて睨みつけている。いつもの彼のポーズだ。

帰り際にサラマンカ在住27年の隆さんが琴を持っていること、また外務省から研修にきてい
る松井葉月さんが琴が弾けるということを思い出し両者を引っ張り込んでこの日本文化週間
にぜひ琴を弾いて見て欲しいとお願いして「茶の湯」の時にムードを盛り上げるのに良いじゃ
ないかと思い、急遽練習などしてもらうことにする。


第二日、いけばなの実演が大盛況。サラマンカでは初めての生け花展で実演を大教室で行っ
たがこれも大盛況で一杯の人で熱気むんむん。午前中にエンリケ、ペドロに拓人君らがにわ
か作りで床の間を作ってくれたのだが板で打ちつけた壁が倒れないように張り付けてあった
ゴムテープがこの熱気でブラーリと垂れ下がってまるで蛇が天井からぶら下がってきたみた
いで観衆の目がいっせいにそこに集中し数人の人がまなざしを僕に送ってきて何とかしろと
いう。でもなんともしようがない。

この生け花展はかなり人気を博したようだ。
19時からはビデオ鑑賞会で茶の湯と相撲などを上演。サロン・デ・アクトスという階段教室なの
だがここも超満員の盛況。

20時からはアセリノックスという日新製鋼とスペインの合弁会社で長らく社長の右腕として働い
てきたフェデリコ・ランサコ先生の経験談を語る講義がやはりサロン・デ・アクトスで開かれた。
昼間に彼に会ったときにどんな話か興味があるが一つだけお願いしたいことがあるというとど
んなことだというので「日本の機械は最高だったと言ってくれ」というとそれはもうとっくに原稿に
書いてあることだという。本番ではもう日本のことをかくまでべたべたに誉めてくれる外人が他に
いるかと思うくらいに褒めちぎってくれた。とにかく日本の技術は世界最高でアメリカ、イギリス、
ドイツ、フランスなどの及びもつかぬ技術と人がいて日本と組んだというのがアセリノックスとし
て成功の最大の理由だということであった。終わってから聴衆の質問があり「現在の日本はど
うだ?」という。「90年代後半からは非常にダイナミックな変革の時代で今までにどの国も経験
したことのない、また歴史上全くモデルのない新たな挑戦に挑んでいる」となかなか立派な返事
であった。聞いていて日本の60年代から始まった経済大国への高度成長時代に、俺もその一
員だったよ、そしてその高度技術を持っていた会社の一員だったよ、と皆に言ってみたいという
衝動にかられた。なにかそういう誇りみたいなものを感じた。


第三日の14日は茶の湯から始まる。この会場であるアウラ・マグナという大教室にはにわか作り
の「床の間」の前に大使館から運んでもらった四畳半の畳が敷かれている。

少し早めにセンターに行きまず茶釜の炭をおこす。そしてそれをエレベータで二階の
会場まで運ぶ。まだ始まる6時前だというのに会場は満員で壁際に立っている人もいる。またざ
わめきの中で琴の六段が演奏されている。

一段落したところで葉月さんを紹介する。今、サラマンカでスペイン語の研修をしているが将来は
又スペイン大使として戻ってくるかも知れん、というとちょっとしたざわめきが起きた。

茶の湯は元木先生が中心になって浜松法子先生、早稲田からの留学生の久米さんと三智子が
それぞれ着物を着込んでまずはデモストレーションで会場はシーンと静かに一挙手一投足を見
守っている。緊張の中でどこかの赤ん坊が「あぐあagua」(水)と結構響く声でいうと一瞬緊張が
ゆるみほっとした空気が流れる。元木先生の「茶の湯」の説明に「一期一会」とか「和敬清寂」な
どの精神の話があって、予め決めておいた日本語のクラスの人に参加してもらって次から次へと
脇の畳と緋毛氈の上に並んで試飲してもらう。学長夫人の姿も見える。

まず靴を脱がされることで戸惑う人がいる。ぎこちない格好で正座するのだが、茶碗を受け取る
ためににじり出たりにじり下がったりと、そのぎこちなさが会場の爆笑と拍手を誘う。 とても和や
かな雰囲気だ。

ひげのおっさんが茶碗を捧げもってまわし神妙に茶を喫するのは一寸した見ものだ。そして飲み
終わってからいかにももったいぶった表情で茶碗を拝見する様子がおかしい。


一方階段教室では上智の芳賀先生により「日本人と宗教」というテーマで講演がおこなわれる。
ファレロ先生が芳賀先生の紹介をされた。スペイン語などいままで関係なかった芳賀先生がサバ
ティカでこの一年サラマンカに滞在されているのだが、もともと大学の教授という人種の人は頭が
良いのかすっかりスペイン語もマスターされ講義もなめらかである。

伝統的に米を中心とした生活と神道とのかかわり、そして19世紀から始まった農業から軽工業、
重工業への産業が進展していく中で日本人の生活も急速に変わらざるを得なかった、その経緯、
集団就職それが招いた色んな社会現象、そして経済成長がもたらした生活の変化、その結果伝
統的な宗教が消え、新たに新興宗教が人々の心を捉え始めた。さらに80年代以降の消費社会、
皆が便利なものに囲まれて中流意識を持つに至り、お金さえあれば何時でも、どこでも何でも手
に入れることができるようになった。その反面、隣人とも疎遠になり、また家族の間さえ絆が薄れ、
一人一人が好きなように生きていくことができる世の中になってきたのだが人はますます孤独に
なってオーム真理教などのようなものまで現れてきた。一体日本の社会はどうなっていくので
しょう、といった問題を提起して終わった。さて質問の時間になって「仏教の坊さんとか、神道の
神主さんなどはどうやってえらくなっていくのですか?」などという珍問がとびだした。その返事
に「仏教にも神道にも昇級試験がある」という話を聞いた。後でもう少し詳しく先生に聞いてみ
たいと思う。


さて、同じ場所で今度はサンタンデールの音楽学院の先生でプロのフアン・ホセ・サンツという
ギタリスタの演奏だ。最前列に座っていたのだが会場が一杯になって最前列の前にも椅子な
どが運び込まれて瞬く間に早い者勝ちですわり、かろうじてロペス先生と大使館の荻野さんの
席が確保された。

ちょっと美人のいい感じの女性が席を探していたので僕のすぐ横の座席に招き、しばらく世間
話をしているうちにこのセンターで水彩画の教室を開かないかと言う話がでて、そういう計画は
ないけど実は家内が水彩画をやっているので後で家内を紹介しましょう、てな話でこの美人と
並んで演奏を聞くことになった。

最初は日本の歌が演奏され、「赤とんぼ」「小さな秋見つけた」「神田川」「荒城の月」「花」「さくら」
などで第二部はスペインの代表的なギター曲が演奏され、勿論「アルハンブラの思い出」なども
含まれていた。

しかしこのギターの演奏は本当に素晴らしかった。後で聞いたけど留学して来ている折出順子
さんなどは日本の歌を聞いて胸にこみ上げるような感動というか郷愁を感じたと言っていた。

演奏の途中で学長も来たのだが満席のためあまり身動きが出来ず階段教室の途中の通路に
しゃがみこんで聞いていた。


終わってから今までみた事もなかったが秘書のエレーナが椅子を運び出している。随分以前とは
変わってきたなあと感心していた。だが後で分かった事だがこのとき背中の筋肉を痛めたとかで
翌日は一日休んでしまった。

ロペス所長も椅子運びを手伝っていたのだが事務所の前でばったり出会い、今日も大盛況でよか
ったですねえ、というと所長は「君の奥さんの着物がとても素敵だったよ」と日頃の所長とは思え
ぬお世辞が出た。

この日の全ての行事が終わって帰り支度をしていると例の水彩画の美人が事務所のほうに
やってきて丁度、三智子も来たのでそこで二人を紹介する。お互い水彩画の話が一通り終わって
それでは「さようなら」と言うことになって彼女が僕の両方の頬っペにキスしてくれた。僕は一寸汗
ばんでいたので脂ぎった頬で悪かったかなあ、とちょっと気が引けた。


(つづく)


表紙